『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』
アマプラ無料期間を利用しての
映画月間も終わりに近づいてきたところで
挑みましたのは、長尺映画
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』!!

前から観たいと思ってた上に
かのアベフトシ大先生がかつて『トップランナー』出演時に
お気に入り映画に挙げていた、というネット情報を最近見つけて
しかも監督は、『荒野の用心棒』のセルジオ・レオーネ監督!
『荒野の用心棒』と言えば
1年ほど前に映画館で4K復刻版を堪能したばかり
しかもこの映画は、
セルジオ・レオーネ監督が10年もかけて作り上げた
代表作にして遺作!というではありませんか!
観ない手はないッ!
ということで
2/18火曜日の真っ昼間 Amazon Primeにて鑑賞♪
おや?
、、、
、、ちぃ~~とばかし、、長すぎやしませんか、、?(笑)
3時間49分の長丁場
観る前から分かってはいたものの、、(笑)
長いな、、(笑)
長さを感じてしまうな、、(苦笑)
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ
マカロニウエスタンの巨匠セルジオ・レオーネの遺作となった作品で、ハリー・グレイの自伝的小説を原作に、ニューヨークのユダヤ系ギャングたちの栄光と破滅を、少年期、青年期、老年期の3つの時代を行き来しながら描いた傑作ドラマ。1920年代初頭のニューヨーク。ユダヤ系移民の少年ヌードルスは同年代のマックスと出会い、深い友情で結ばれていく。彼らは仲間たちと共に禁酒法を利用して荒稼ぎするようになるが、ヌードルスは殺人を犯し刑務所へ送られてしまう。1931年、出所したヌードルスはマックスらと再会し、裏社会に舞い戻るが……。
― Amazon Prime 紹介文より
『レオン』に引き続いて
また懐かしのニューヨーク(笑)
ニューヨークが舞台のギャング映画だから
リトル・イタリーでのイタリアマフィアかと思いきや
ユダヤ・コミュニティのユダヤギャングのお話だった
筋書きはネタバレになってしまうので述べないとして、、
以下、観た人だけ分かる愚痴になってしまいますが、、(笑)
イヤホンで視聴していたせいか、
最初の辺の「電話鳴りっぱなし演出」で
なんか「うるさいな、、さっさと電話出ろよ!」とちょっとイラっと来て
「あ、肌に合わないかも、、」ってなったのが良くなかったのかも(笑)
なんかその時点で、この映画への印象が良くなくなってしまった(笑)
あと、この映画
1回目で、冒頭からストーリーを理解しながら観られた
って人は世界中できっと一人もいないだろう
映画を観終わって振り返れば、そのストーリーの整合性が分かるものの
(それでも解説なんかを読んで初めて細部まで把握できる感じ)
ストーリーが掴めない映像が
冒頭30分とかそのぐらい続く印象だった
それってちょっと苦痛だ
(特に現代のスピーディなカット割りの映像に慣れていると尚更)
もちろん、
"過去の記憶を振り返る"というこの映画のストーリーの構造上
様々な時系列が混在する構成というのは
挑戦的で幻惑的で面白くていいのだけれど、
ただ、
2回観ないとよく分からない部分がある
ってのは映画の出来としてはどうなんだろう?
と、単純に思ってしまった
特にこの映画は4時間近くあるから
とても気軽に見返す気にはなれないし
2回観ないと完全に分からず、
初回の前半にはチンプンカンプンなまま観ないといけないシーンがある
ってのは個人的にはどうなんだろう?
と引っかかった感じ
なんかそんな気分で観てしまっていたせいか(笑)
ん~、ちょっとテンポが悪いなあ
もうちょっと短く出来たんじゃないか?
と思ってしまったり、
性描写が多いのもどうなんだろう?
とか
主人公がヌードルスって
なんか冴えない名前なのもどうなんだろう?
とか(笑)
挙句の果てには
ロバート・デ・ニーロの演技ってどうなんだろう?
過大評価され過ぎじゃないか?
なんて思ってしまう始末(笑)
(もちろんそんなことはないよ!笑
『タクシードライバー』とか『キング・オブ・コメディ』とか喜んで観てたクチだし
デ・ニーロが素晴らしい最高の役者であることは百も承知)
ところが、ちょっと冷静に観てみると
結構、デ・ニーロって表情に乏しいんじゃないか?と思えてきた
(もちろん、今回の役柄というのもある)
今回もそうだけど、デ・ニーロって
沈黙で語る、というか黙って表情だけで演技するシーンが多いように思うんだけれど
そこのバリエーションが実は少ないんじゃないか?という疑念(笑 あくまで個人的な)
大体同じ顔をしているだけ、、、というか
これってゴルゴ13の
「・・・・・・・・・・・・・・」
って吹き出しのセリフに似てる気がして
本当は、喋ってる内容を書かないって
漫画のセリフとしては割りと邪道なものなはずなんだ
要は読者(視聴者)に、
感情・内面の受け取り方を丸投げしてる、とも言えるやり方
もちろん、ゴルゴ13の目つきだとか
役者さんの上手な表情から観てる方はその内面を推察できるわけだけど
デ・ニーロの表情ってもちろん感情は分かるものの
そこまでバリエーション豊かじゃないよな
ってちょっと思ってしまった(笑)
まあ、演技クサ過ぎず、リアルな演技
という意味では良いんだろうけど
(これが、いわゆる"メソッド式"って演技法なのかな?)
そう考えると、
同じ、"無口で口数が少ない演技" が多い人に
クリント・イーストウッドがいると思うけど
(奇しくもセルジオ・レオーネ監督つながりだ笑)
イーストウッドの方が、寡黙な演技は
自分としてはしっくり来る
もしかして、
その違いは
愛嬌があるかどうか?
なんじゃないかな?
と思った
(これまた奇しくも先日観た『レオン』ともつながってくるけど)
クリント・イーストウッドやジャン・レノの寡黙さからは
愛嬌や茶目っけが感じられて
デ・ニーロにはそれが薄いような気がする
もしかしたら、単純に
顔の造形の話ってだけかもしれないけど(笑)
って言うと身も蓋もないか(笑)
、、っと、
ダラダラと妄想を書き連ねて
映画と同じように長尺になってしまった(苦笑)
同じ雰囲気で、もっと長編の
『ゴッドファーザー』シリーズは好きだったから
期待していたんだけれども、、(笑)
実は、この映画
愛嬌があるかどうか?
なんじゃないかな?
と思った
(これまた奇しくも先日観た『レオン』ともつながってくるけど)
クリント・イーストウッドやジャン・レノの寡黙さからは
愛嬌や茶目っけが感じられて
デ・ニーロにはそれが薄いような気がする
もしかしたら、単純に
顔の造形の話ってだけかもしれないけど(笑)
って言うと身も蓋もないか(笑)
、、っと、
ダラダラと妄想を書き連ねて
映画と同じように長尺になってしまった(苦笑)
同じ雰囲気で、もっと長編の
『ゴッドファーザー』シリーズは好きだったから
期待していたんだけれども、、(笑)
実は、この映画
これまたこないだ観た『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』
と同じ1984年の映画なんだよね
あっちが分かりやす過ぎたかな?(笑)
でも、
この作風の多様さこそが
映画という表現芸術の持つ素晴らしさである!!
と、強引にまとめさせていただいて
筆を置かせていただきます(笑)
と同じ1984年の映画なんだよね
あっちが分かりやす過ぎたかな?(笑)
でも、
この作風の多様さこそが
映画という表現芸術の持つ素晴らしさである!!
と、強引にまとめさせていただいて
筆を置かせていただきます(笑)
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